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花まつりの舘日記

こんにちは。
尾林克時です。
ここではわたしが東栄町や花祭のいろいろな
情報を写真などを掲載して、おしらせしていきたいと思います。

第2回フォトコン審査終了

2010-11-20

審査

世界遺産登録について

2010-07-24



●●世界遺産登録について●●
  (尾林克時のブログより転記)
 
 ユネスコ無形文化遺産保護条約の「代表一覧」の記載について、第1回目の提案では昨年岩手「早池峰神楽」が記載・登録された。

 昨年度、第2回目の提案・申請は島根県の「佐陀神能さだしんのう」であった。

●●2回目は事前審査さえも行われなかった●●

 昨年度に提案されたのは各国で147件(日本は13件)提出されたが、日本については「組踊」「結城紬」の2件のみが事前審査された。
 
 各国で提案された残り93件、(日本11件)は残念ながら事前審査さえも行われなかった。その理由は、事務局が処理できなかったためであるという。

●●来年度の見通し●●

 来年度からは毎年の提案数を制限する議論がされているといいますので、花祭りのユネスコ無形文化遺産保護条約の「代表一覧」への記載は、ますます遠のき見通しがたたない状況下にあり、前途多難になったといえる。

 日本としては重要無形文化財を毎年、順次13〜16件記載する予定であったが、大幅に予定が狂ってしまった。

 それに既に各国で認定してあるので、申請するだけで記載できると安易に考えていた事も予想を崩した原因である。

●●今後の対応について●●

 一刻も早く記載してもらうためには、自らで保護・継承をする事が大切である。「早池峰神楽」佐陀神能(さだしんのう)のように将来に向かって保存・継承を如何にして行けるのかが、大切なポイントにあるであろうが、両者とも保存がしっかりされているし、またしやすいようにもように見受けられる。
 その違いは、両者とも舞手と見る側(観客)が別々であることでもある。

 花祭りは現在16箇所も行われており、いずれも地域によってすべて異なった楽や舞が行われておることであり、特に、観衆と一体となり盛り上がるような雰囲気を維持してゆくには相当のエネルギーが必要であり、当然保存が難しいのである。

●●自治体の取り組み・援助が必要●● 

 東栄町は4千人を切ろうとしており、過疎化は益々顕著になり、老齢化する中でどのように保存してゆくのかが課題であり、自治体の援助や取り組みを始め、保存会としての努力も必要となるであろう。

 ユネスコ無形文化遺産保護条約への登録は、過疎への取り組みであり、地域住民の意識をどのように存続させてゆくかが鍵となるでしょう。
 
 私共NPO団体「花祭りの舘」も、文化庁の予算を受け、振興・保存に全力で取り組んで参りたいと思います。
 
     NPO理事長「花祭りの舘」主宰・花祭助太夫 尾林克時

竹内敏信氏2度目の来訪

2010-06-24


6月23日岡崎の実家にお墓参りに来られ、その足で花まつりの舘にお越し頂いた。開所以来、2年ぶりの訪問である。最初は、ギャラリートークを予定したが、もっと気楽に写真の一枚一枚の質問を受けたり、説明をしていただいた。
 先生と奥様と皆で一緒にヨーロッパを散策しているような不思議な素敵な雰囲気に包まれました。
 皆さんで記念写真を撮ったり、有意義な時間を過ごすことが出来、参加者全員が大変喜んでお帰りになられました。
 先生いつまでもお元気で頑張ってください。
                理事長 尾林克時記

CAPA4月号に掲載

2010-04-18


 キャパ記事とグランプリ榊鬼

花祭りの舘がキャパ(?学研)に大きく掲載されました。
ご覧下さい。フォトコンなどにも続いて掲載されます。

「芸能」に限界集落に活きる花祭りが紹介

2010-04-15


三隅治雄発行の「藝能」16号に「花祭」のことが大きく掲載。
 花祭りを懸命に維持している下粟代と御園のことが取り上げられています。下粟代は戸数25戸、人口52名。花祭りを成立させる為の構成者が20人と舞手が30人、それらは他の市町村に移住した者の参加協力者によって支えられて成立していること。
 御園は戸数52戸人口、103人。御園と東久留米市の「東京花祭り」でお互いに助け合って発展している旨の記事である。
 今年88才の米寿を迎えられた芳賀日出男先生による寄稿である。先生は昨年11月、新著「折口信夫と古代を旅ゆく」を刊行された。折口信夫の「古代」をカメラによって捉えようとする写真家ならではの野心的な試みをされたといわれている。
 (慶応義塾出版B5判 3200円素晴らしい本である。)
是非ご覧下さい。

竹内敏信氏来館

2010-02-23


2008年6月23日 飯田の美術博物館から表彰を受けられ、その折りに奥様とご一緒に来館された。大勢のフアンの方の出迎え受けられ感激したご様子で特に三沢山内に林花太夫と久々の再会に大変喜んでおられました。
 私には「25年もよく綺麗な状態で、写真を保管しておいてくれた」と喜んで頂きました。写真を見ながらのトークショウがあり、大好物の蕎麦を召し上がって頂いた。「これなら毎日でも良い」と絶賛して頂いた。食事後は雨の中、雲海を撮影された。

写真展の展示と審査員

2009-10-05


写真の展示は、杉浦清孝さんと山口典利さんが中心になって行っていただきます。フォトコンテストは、委員長に竹内敏信氏、審査委員は杉浦清孝氏・山口典利氏それに地元の山本宏務氏です。
 どうかたくさんのご応募宜しくお願いいたします。

睡蓮とモリアオガエル

2009-06-02


花まつりの舘の前の池に毎年、4月頃になると最初にガマ蛙が産卵に来ます。次に睡蓮の花が華麗に咲きます。その花は、閉じたり開いたりして綺麗な花が見られるのは午前中です。その頃(5〜6月)になると、天然記念物のモリアオガエルが産卵にやって来ます。
 森の中や池や湿地などにすんでいるカエルで、泡に包まれた卵を木に産み付けることで有名なカエルです。
 普段は森の奥にいて、なかなか合うことができませんが、この時期は産卵のため池に降りてきます。
 絶好の写真スポットでアマチャアのカメラマンが撮影に見えます。

舘の風景と校庭の櫻 

2009-04-10


花まつりの舘は、20年前に廃校になりました旧の御園小学校跡地です。18年ほど、手つかずのまま放置されていましたが、地元の有志が立ち上がり、この施設を町から借り受け、NPO法人「御園夢村興し隊」を設立、愛知県で1499番目に認可され活動を始めました。2008年1月に、正会員16名、賛助会員24名で発足いたしました。定休日は水・木 開館時間は12時から16時までです。花まつりの舘は、標高660mで村の真ん中に位置します。 櫻が綺麗です。是非ご覧下さい。

芳賀日出男先生来訪

2009-03-15


お祭りの研究の第一人者芳賀先生が、テレビ放映の撮影の為に、月の花祭りに見え、翌る日に花まつりの舘にも息子の芳賀日向氏と共にお立ち寄り頂いた。
 昔は御園の花祭りにも見えていたが、私とは花祭り会館の竣工式(昭和53年)以来であるから30年ぶりになる。
 その後、私が東京の芳賀事務所に出向いたり、東京花祭りや御園花祭りにもお越し頂き最近では非常に懇意にご指導いただいている。89歳になられるが、このほど「折口信夫と古代を旅ゆく」と題して慶應義塾出版会より本を出版された。また、5月には「芸能」(会長は三隅治雄)に東京花祭りの取り組みを載せて頂けるとの連絡があった。年齢を越えたエネルギーも素晴らしく、大変に人徳のあるお方で尊敬する。茶禅一の蕎麦とおもてや園のお茶の愛好者(特に粉末茶)でもある。酒好きで「千ベロ」と口取り込みの千円でベロベロとなる屋台愛好者としても有名。祭りの重鎮としても大切な方であり、是非長生きで頑張っていただきたい。
 

芳賀 日出男先生の略歴
(ハガ ヒデオ)1921年 日本写真家協会創立者の一人。写真家として現在まで日本・世界の祭り・民族・民俗芸能の写真取材を行っている。撮影取材した地域は全国都道府県、国外では101カ国。
1970年 大阪万国博覧会でお祭り広場のプロデューサーを務める
1981年 日本写真家協会副会長を同年より7年間務める
(社)全日本郷土芸能協会理事長 1997年 日本写真家協会、名誉会員。2000年〜現在 日本専門新聞協会写真審査委員長
2000年 〜現在 日本写真作家協会写真審査委員